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コミュニケーションって??

    『千と千尋の神隠し』ご覧になられたことありますか?
    宮崎駿監督がアニメをとおしてわたしたちに伝えたかった事って何だろう。
    あなたはどんなところに興味惹かれましたか?
    BIOは1、2度見ただけでは頭の中がぽぉぉぉ~っとなって咀嚼しきれず、こうして何年か経って再び映画のパンフレットを開いてみた。
    言葉は力である。
    千尋の迷い込んだ世界では、言葉を発することは取り返しのつかない重さを持っている。
    湯婆婆が支配する湯屋では、「いやだ」「帰りたい」と一言でも口にしたら、魔女はたちまち千尋を放り出し、彼女は何処にも行くあてのないままさまよい消滅するか、ニワトリにされて食われるまで玉子を産みつづけるかの道しかなくなる。
    逆に、「ここで働く」と千尋が言葉を発すれば、魔女といえども無視することができない。
    今日、言葉はかぎりなく軽く、どうとでも言えるアブクのようなものと受けとられているが、それは現実がうつろになっている反映にすぎない。
    言葉は力であることは、今でも真実である。
    力のない空虚な言葉が、無意味にあふれているだけなのだ。

    ------宮崎駿「不思議の町の千尋」(『千と千尋』パンフレットより)
    言葉の力、コミュニケーション×能力、精神病・うつ病はコミュニケーションの不調、、ってよくわたしたちが耳にする言葉。コミュニケーション。
    コミュニケーションって本来の意味を色々調べてみました。
    communicateという動詞はラテン語から来ていて「共有する」という意味だが、「通じる」(A hallway communicates with the cathedral.)という意味(communicationにはいわゆる「交通アクセス」の意味がある)や「(疫病など)を移す」という意味も持っている。
    「コミュニケーション」という言葉を日本語で表そうとするとすぐに行き詰まる。
    「伝え合い」「話し合い」「伝達」では真意が伝わらない。
    「プライバシー」という言葉がなかったように、コミュニケーションという言葉を必要とする風土がなかったからだ。コミュニケーションがないのではなくて、そんな言葉を必要としていないほど、伝わりあっていたのだ。人間関係が欧米では対立だったし、日本では「和」だったことから分かるように、「距離」を埋めるための手段であるコミュニケーションが欧米では必要だったが、そもそも、「距離」のない日本人は不要だった。英語を少し学べば分かるように、「話す、言う」という意味の言葉は, speak, state, talk, tell,voice・・・・たくさんある。
    「距離」のない日本人を思い起こさせる映画『ALWAYS続・三丁目の夕日』
    あの隣近所の密着度には感心する。プライバシーなんて無!
    だけど、相手の気持ちを察する日本人らしさ。
    言葉でいちいち伝えなくても、相手のことを思いやる心。
    描かれた人情感は泣けるし、笑えるし、それが明日への喪失感にならない。あの人の温かさ。
    “昭和”ブームってつまりは、“あの頃の温かさ”を求めているってことなのかなぁ。
    高度経済成長で日本が失ったもの、そのひとつ。自分たちであの人間関係をわずらわしく重いものと「距離」をおいてしまったこと。その人と人との「距離」が生みだした負のもの。
    核家族、独家族、キレる、、、、、負は子どもにまでおよんでしまった。
    話は遠回りしましたが『千と千尋』にもどって、
    今、一度  “言葉” を信じてみたい!言葉に力があること。
    言葉が人と人との「距離」をとりもどしてくれることを。
    言葉を読む・書く・聞く・話す、そのことで文化が伝わり、教育があるんだと。
    言葉の力、コミュニケーション×能力の素晴らしさが、持続可能なまちといえること!
    それが、次なる挑戦。新しい試みです。
    次なる宅地分譲開発は、持続可能なまちをめざし『コミュニティ』がテーマです。
    『コミュニティ』をテーマに造成設計をし、行政とも協議を進めていきます。
    あなたにとっての『コミュニティ』ってどんなものですか?コメントがありましたらお寄せ下さい。
    ご参考にさせて頂きたいと思います。

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