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私たちは家族だけの幸せを求めて人生最大の買い物をする。

それが土地と家である。

効率と便利さを価値として造られた住宅地、機能性に満ちた家、進化した備品や家具に包まれた暮らし。

木の香り、青い畳のにおい、ひとつひとつが新鮮で幼い子供たちははしゃぎ、家中を走り回り、庭に飛び出して母親に叱られながら笑いと喜びに満ちた生活が始まる。

この姿こそが幸せのシンボルとして疑う余地はなかった。

しかし高度経済成長期突入以来、こんにちまで追い求めた結果である現状は思い通りの幸せを手にする事が出来たであろうか。家や地域やまちが心の豊かさに包まれているだろうか。

私自身もその姿を実現する一助になるものと信じて、

宅地開発業を通して38年歩み続けてきたけれど

造り続けてきたタウンの群れが誇れる姿を現している様には思えず、

それが何なのか自問自答し、

京都(龍安寺etc...)、軽井沢(星野屋)、福岡(照葉の森)、東京(表参道etc...)・・・を見てまわった。

様々な用で東京へ幾度訪れたことだろうか。

大都市に対する田舎者の劣等感などもあり、誰もが表現する寒々としたコンクリートジャングルの都市に過ぎないと思っていたけれど、国会議事堂周辺の銀杏並木の美しさにはため息で対応するしかなかった。

道は銀杏の葉で黄金色の絨毯になり、大きな木々こそが巨大なビル群に風格を与えている。

銀杏並木をしばらく歩くと、ケヤキ並木が続き、これもまたビルと調和した風景になっている。

三越の所まで来ると街路樹が無く、巨大なビルと人と車。

そこで折り返し皇居まで歩き、広場のベンチから大きな木々に包まれた風景を眺める。

心は満たされていた。

思いもよらぬ心の喜びであった。

京都ならいざ知らず、東京に風景を感じるとは予想外のことであった。

振り返って故郷姶良を眺めてみると、住宅展示場の如く立派な家が立ち並んでいるけれど、風情が感じられない。

庭もあり、木もあり、それなりに手も入れられているのに、全体としての美しさに欠けている。

これは宅地を開発する者、家を造る者、それを規制指導する者に共通している事の結果である。

共通している事、それは経済的な合理性、効率性を最優先の価値としてきた結果なのではないだろうか。

時あたかも人口減少、少子高齢化、温暖化と大きな課題を突きつけられてはいるが、この事こそが、成熟期にある暮らしの在り様の転換を容易にすべく絶好のチャンスである。 一戸の立派に完成された建物の積み重ねだけでは人々の心の豊かさや地域やまちの住みやすさを実現する事は出来ないのではないかと思う。

それぞれの社会的な立場から地域社会の問題の解決策が提示されている。 それらの事を学びつつ、私は宅地開発という事業を通して現在の暮らしの在り様を問い、従来のライフスタイルの転換を促したいと思う。

心の豊かさに繋がるべく開発を企画、その第一段として2400平米余の土地を取得した。 「雑木林と8つの家」と名付け、わずか2400平米ではあるが、文字通り2400平米まるごと雑木林で風景を作り、 やがてその自然や木々に包まれて、揺れ動く日差しの中に住まう人々が思いを込めて家を建て、暮らし始める。

個々の庭が、道が、広場が、家がのびのびと走り回る子供たちの姿が、ベンチに腰掛けて孫を眺めるお年寄りの姿が・・・。

その暮らしの在り様を道ゆく人が歩を緩めて、心を暖めて行き交う。 ここに住む人が心の拠り所となる風景を創りこんでゆく。

この計画には地域づくりの大切な事が詰まっている。

1.雑木林という命の最も安らぐ環境造りは人と人との関係を新たにし、現代社会が失い続けたモノに気付き、教えられる。(エコな生活)

2.住まう人々が共に生活空間を創っていく事で、人と人との交わりが広がり、深い味わいのコミュニティーへと育つ。(コミュニティー創り)

3.風景という美しく楽しい生活空間を住まう人々が創り込んでいく事でそのまちを愛し、まちを誇れる住み人になる。(ベットタウンの弱点の解消)

4.官と民と業と共に地域を作り上げてゆくという事は、これからの地方分権時代におけるまちづくりの理想の姿である。

この計画はスタートした。

この大きな夢には小さすぎる船ではあるが、

東京の近代建築研究所建築家  松永安光先生(元鹿児島大学教授)、

千葉の雑木の造園家  高田宏臣氏、

という創造性溢れるメンバーと共に姶良市の協力を得て、

この計画を実現し、これからの地域づくりの一助となる事を願います。

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